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Page No.37
◆ シングルコーム・ピアノフォルテ ( SCLPSPFP ) ◆
Essay037 掲載 2014/7/5

強い音と弱い音を使って音楽表現の幅を広げたピアノ・フォルテというフォーマットのシリンダー・オルゴールがあります。より一般的なピアノ・フォルテ・オルゴールでは2枚の櫛歯があり、堅い方の櫛歯で強い音( フォルテ )を出し、弱い方の櫛歯で弱い音( ピアノ )を出すものです。

それとは異なってシングルコーム・ロングピン・ショートピン・フォルテ・ピアノ・オルゴール( 以下SC LPSPFP )は1枚の櫛歯を長いピン( 強い音・フォルテ )と短いピン(弱い音・ピアノ )で弾いて演奏するものです。普通のピアノ・フォルテ・オルゴールはピアノ・コームが短くてピアノ櫛歯の数が少ないのに対して、SC LPSPFPは櫛歯の全ての音で強音と弱音の表現が可能です。
フォルテ・ピアノ・エクスプレッシヴと書かれたチューンシート
フォルテ・ピアノ・エクスプレッシヴと書かれたチューンシート
ところがランを起こしてしまって、どれがピアノピンか、どれがフォルテピンか解らなくなってしまった場合のリピニング作業は大変な困難が予想されます。オランダのヒルヴァシューム( Hilversum )在住のオルゴール修復家ニコ・ウィーグマン( Niko Wiegman )氏は、この困難な課題にチャレンジしました。問題のオルゴールは少なくとも2回はランを起こしており、経験の少ない人が修復( これが問題! )を試みた形跡も残っていました。曲がっていたり吹き飛ばされりしているピンにピアノかフォルテかの印をつける試みは、すぐに無理ということが解りました。
折れた櫛歯や破損したチップを修復し駆動部分を修理して聴いてみると4曲はほとんど黙秘権、2曲はパラパラとしか音が出ない状況でした。シリンダーの長さは34p、直径は67oで約7500本のピンが打ち込まれています。最初に全てがピンをピアノピンとみなして植込とシェイヴィングを行います。そのあとで何度も注意深く演奏を聴いて、どれがフォルテピンであるかを感性で決めて、ピンにマークを付けていきます。マークのついたピンは3500本ぐらいになりましたが、全て引き抜いて長いフォルテピンを改めて植込み、再度フォルテピンの高さ(ピアノピンよりも0.15〜0.18mm高い )でシェイヴィングを行いました。

フォルテ・ピンのマーキング フォルテ・ピンのマーキング
  完成したSCLPSPFP      完成したSCLPSPFP もちろん今回修復したピアノ・フォルテの効果はオリジナルの状態とは異なるかも知れません。しかしその演奏は普通にリピンしたものよりもずっと魅力を湛えているようになりました。もしクレームが起こるようでしたら、もう一度最初からやり直せばいいのです。

この作業は新たに創るのではなくて、単なる修理にしかすぎません。この種のオルゴールを当時の原始的な工具で新たに作るとなると、もっともっと時間がかかったことでしょう。これは当時の素晴らしい技術と創造性を表すものです。
この作業に費やされた時間は250時間ほどで半年にわたっていますので、当初から経済合理性を期待していません。最近私はこのニコ・ウィーグマン氏にオルゴールのリストアを依頼する機会がありましたが、彼の見積書は1時間当たり45ユーロ≒6,400円で算定されていました。250時間だと1,600,000円ほどになってしまいます。この個体のように珍しくて貴重なフォーマットのオルゴールでも、この値段ではヨーロッパの市場に受け入れられないのでしょうか?

ニコ・ウィーグマン氏は2014年現在57歳、シリンダー・オルゴールとディスク・オルゴールの修復に携わって34年のベテランです。彼はケースにかかわる木工作業以外の全てを自らの工房で行っています。

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